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- 06/12 [PR]
- 04/08 サマーソルトキックのサマーソルトって、どういう意味?夏の塩?
- 03/25 Mi.To 襲来
- 03/21 アルファは家に帰る
- 03/08 dolce ricordo
- 03/06 サン=サーンス
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パターン青!「Mi.To」です!「Mi.To」を肉眼で確認!
はい、そういうわけでグノーシス主義的な駄洒落もすっかり
古めかしくなっちゃう年齢に達したのが解っていただけますでしょうか?
そんな私は、セントラルドグマ・・・じゃない、セントラルサーキットに
足を運んでまいりました。
GOO の編集者の人が参加者にインタビューをしていました。
「なぜ、サーキットで走るのですか?」と、哲学的な質問に、
「そこにサーキットがあるから」と、アルピニストのように
答えたかったけど、語呂が悪くて言うのを控えました。
そういや、昔もこんなこと言おうとして失敗したなぁ。
でも、なんでサーキットは楽しいのでしょうね?
確かに、近所にあったら嬉しい。
ところで、春ですねぇ。
桜がちらほら咲き始めました。
そんな中、500の展示会を和歌山各地で行います。
ふふふ、暗躍中なのです。
今日は、鬼太郎の日だから、みんなも夜更かししましょう。
昔々、ミラノに大きな竜がいました。
竜はとても速く、美しい存在でした。
イタリアの紺碧の空を舞うその姿に、人々は憧れ、尊敬していました。
しかし、ある時、竜は自分の姿に疑問を感じるようになりました。
そして、自分の体をを鋼鉄の鱗で覆い、仮面を被り、自分を変えようとしました。
すると人々は、それが竜だということに気づかなくなってしまいました。
ある時、竜は鏡に映る自分を見て、鎧で重くなったその体を、
変わってしまった姿に、自分が間違っていたと感じました。
竜は、自分の姿を業火で焼き、鉄の鱗を溶かし、再び元の姿に戻りました。
そしてまた、人々に愛されるようになりました。
めでたし、めでたし。
というわけで、ミラノへ新型車を見に行きました。
「8Cスパイダー」と、「Mi.To」と、「149」を見てきました。
アルファは100周年を迎えるまでに、実にさまざまなプランを用意しております。
今回、ミラノでの会議の内容は実に面白いものでした。
中でも、149を見れたのはラッキーでした。
前回、マラネロに行った折に開発中のエンツォに乗ったぐらいラッキーでした。
そうそう、個人的な話だけど、イタリアのスーパーとか、デパート、食料品店などに
足を運んでみました。
観光地にあんまり関心は無いのだけど、こういったサヴィーな感じを味わいたいのでよ。
あとは、テレビCMとか番組も気になる、そういえば、朝にドラえもんも放送してた。
のび太を含め、みんなイタリア語ペラペラなのにびっくり。(当たり前です)
向こうの食料品店においていた雑誌を見てみるのも楽しい。
朝、早起きして街をウロウロする。これが旅行の醍醐味。
ミラノの「nhow」ホテルに泊まったんですけど、このホテルのフロアは
ミステリアスというか、ストレンジというか、マーベラスなというか。
ロビーから想像の範疇を超えられました。
スキージャンプで「跳んだまま、見えなくなっちゃった・・・」て、感じの大ジャンプでした。
さすが、イタリア。
部屋はとってもステキ、自分の部屋にしたいくらい。
シャワーが天井から出るホテルに初めて泊まりました。
観光地はドゥオーモとかいう、ミラノの中心にある教会みたいなところに連れてもらいました。
陽気なギャルソンがいる近くのカフェで、その巨大な芸術品を見ながらお昼を食べました。
私って、旅行のガイドブックとか読んだこと無いのです。
だから、本当にわからないから、現地で看板や、雑誌や、人の噂を現地調達して
何とかなってるタイプなので、「ドゥオーモに行きましょう」って言われても、
NHKのドーモ君が頭に浮かぶくらいでした。
だから、写真も見ずにいきなり現物を見たのですが、
よく知らないままなのが、申し訳ないくらいに、美しい建物でした。
ブランドショップはずらりと並んでいましたが、100ユーロしか持ってなかったので。
お土産以外は、特に自分の買い物らしい買い物はしませんでした。
雑貨屋に行きたかったのですが、それもこれといったモノが無くて残念でした。
アルファロメオ博物館に行ってきました。
ムゼオのガイドさんが、一台一台丁寧に説明してくれました。
50年代以前のモデルにまつわる小話や、裏話、クルマの仕組みなんかも
色々勉強できて良かった。ここは、ガイドが「いる」と、「いない」で楽しさが変わりますね。
仕事でも何でも、行く機会があるのはいいことです。
また行きたいもんです。
500といえばこの人。
フィアットを心から愛している御仁。
私は大好きです。
先日の研修で奇跡の再開を果たしまして、
あさって、ご飯一緒に食べます。
いやはや、楽しみでござる。
小さい頃から母親のクルマはイタリア車、
おかげさまで、免許を取ってからは
イタリア車以外に乗ってない。
これ、ささやかながら私の自慢。
よくよく考えたら、オカン(日本語における「マンマ」の意)
のクルマはFIATとMASERATIだったなぁ、
クルマの価値なんてまるでわかんなかった頃。
よく自転車で、222SRに体当たりしていたあの頃。
内緒にしてたけど、222SRのシフトノブと、
後ろのシートベルトと、助手席側ドアの肘置きを、
引っ張って引きちぎったのは私です。
お母さん、ごめんなさい。
あと、ダッシュボードの鍵を壊したり、車酔いで吐瀉物を
撒き散らかしたりしたね。
本当にスイマセンでした。
フィアットのクロマかテンプラだか、覚えてないけど、
後ろのシートに挟まったのもなんとなく覚えてる。
乗る度にクーラーが効かないのを文句言っていたなぁ。
どうして、うちにはボロしかないのだろう?
と、思ったことがあった少年時代。
私の青春時代、家には黄色のクーペフィアットがあった。
姉が、家の柱に7~8回ぶつけたっけ?
あんなクルマをよく免許取立ての姉に乗せたもんだと思う。
結局、私が免許を取って、そのクーペを譲り受けて。
母親は赤いアルファスパイダーを買った。
青春時代はずっとFIATだったなぁ、友達と馬鹿騒ぎする時も、
恋人とデートするときも、いつもフィアットだったな。
アルファとランチアも買ったけど、必ず1台はFIATがあったなぁ。
もう、死ぬまでFIAT乗るしかないっしょ。
だから、今回の500が出ることが、私にとって
どれだけ嬉しいことか、しかも、その発表会が
私の誕生日に行われるという偶然に
私は運命を感じます。
今、生活をするのにイタリア車を売っていますが、
商売は抜きで、フィアットを大事にしてくれる若者をみると、
自分の青春時代を見るようで、なんか嬉しくなるんだよね。
クルマが好きで好きで仕方が無いって感じは無いんだよね。
気が付いたらいつも、イタリア車と一緒だったから。
クルマに特別な思いを抱かないけど、失えないというか、
無いのはありえない、考えたことも無い。
走るという楽しみも無く、磨く気もあんまりない。
普段、乗らなくても平気だけど。
けど、僕がフィアットに乗れなくなるのは、片足を
引きちぎられるように痛い。
考えると胸が痛い。
だから僕は思う、少なくともここまでは、
かなり幸せな人生を送っている。
だから、私の人生を支えてくれる
多くの方々に感謝です。
彼は壁に向ってピクリとも動かない。
その姿からは黄昏の2文字を髣髴させる。
愛らしい集団にまぎれて彼だけに、
どこかシュールな空気を漂わせている。
なんというか、彼は印象に残る。
何気なく歩いていた夜の水族館。
私には稀有な存在なんでしょう。
ただのペンギンなんですけど。
そんな私は、予定していたフィアットの研修に
行ってきました。500の研修。
宿泊先に水族館があったので、うろついてみました。
富士スピードウェイは暖かな陽気でござんした。
朝の8:30から夜の9:00までみっちりと500漬けでした。
主にプロダクト、ブランド、テクノロジー、セーフティ、
テストドライヴ、著名人を招いてのトークショー。
最後はパーティ。そして爆睡。
とにかく、この業界に8~9年在籍しておりますが、
「500」ほど、愛情と力を込めて世に送り出されるクルマは
初めての体験です。
おかげさまで、ヨーロッパでは10ヶ月の「待ち」状態になっております。
そんな中で日本に3000台も入ってきます。
ガッツリ走って、ガッツリ滑らせて、ガッツリブレーキを踏んで
大阪のおばちゃんよりもベタベタに触って参りました。
スポーツ走行する以外は、確実に問題の無いエンジン。
出力が低い、だから遅い。だからといってイライラしない。
速度に関係なくバランスがよくて使いやすい。
パンダ、147,159と比べても、一番よい出来といえるデュアロジック。
ベタ踏み加速時のギアチェンジのスピードに感動。
インテリアはメーターが使いづらい。てゆーか見づらい。
デザイン重視ですな。
座席、目線、ガラスの広さや角度は、どれをとっても申し分なし。
空間を広く感じられる上にシートのフィット感が特にいい。
ハンドリングは今時な切り替え式なので、良し悪しが無い。
車両の安定性は高いよ~、剛性が高いよ~。
90km/hからの急なハンドリングに喰らい付くよ~。
というわけで、クルマはかなりの高得点です。私もうれしいです。
と、割と色々と書かせていただきましたが、そもそもこのクルマに
性能をとやかく言うのは無粋かもしれません。
この500はイタリアの終戦後に生まれたクルマです。
同じ敗戦国なので、時代のニュアンスはなんとなくで
感じ取ってください。
決して、このデザインを売ろうとして作られた訳でなく、
状況から来る需要を答えにしたデザインが、500です。
だから愛されたのです。
50年前からこのクルマはイタリア人の
生活の一部であり、忘れられない心の部品なのです。
マンマが運転する500を見て育った人たち、青春時代に
友人と、恋人と、500で謳歌した人たち。
500は色んな時間が思い出になっている、人々の魂の
ようなクルマなのです。
なんかの雑誌で書いてたんですけど
「僕が500に乗る理由?僕がイタリア人だからだ」
だって、カッコイイ事を言っちゃってるけど、本当にそうなんだろうね。
いいクルマでしょ?すばらしいでしょ?
軽い雰囲気なのに、重いものを感じるでしょう?
イギリスのロックをドイツ人がコピーしたクルマとは訳が違う。
魂も情熱も違う。
だから、500はマスターピースになれるクルマなんです。